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YOGA!YOGA!YOGA! ヨガのあれこれBlog

ヨガをはじめて1年のヨガ男子。ヨガにまつわる気になるあれこれを発信します。

最後のクラス

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8月でヨガスタジオを変えることにしました。
今通っているところが決して嫌いとか、ダメということはないのですが、
もっとアシュタンガを深めたいと思ったのが一番の理由です。

もう少し自分のアーサナと向き合ってみたいなぁと。

2年とちょっと通ったスタジオなので、少し寂しい気もしますが、
案外あっさりしたものでした。

最後のクラスが終わって帰り際、考えたことがあります。

物理的な「ヨガスタジオ」は変わらず2年前からあるわけですけど、
中身は結構入れ替わり立ち代わりまるで生きているかのように変わっている、ということ。

インストラクターの方も変わるし(うん、結構メンツが変わったw)、
通ってる人はもっと早いスピードで変わっています。
はじめにアシュタンガのクラスを受けたときに一緒に練習していた人で、
今も顔を見るのは一人、二人だし。

多くの人がクラスを訪れ、多くの人がクラスを去っていきました。

少しずつ入れ代わり立ち代わり交代しながら、
まるで水のようにスタジオという箱を満たし、流れつづけているんですよね。
水は滞ることなく、淀みなく循環し続けるのです。

いや、むしろ逆かもしれません。
淀みなく循環し、入れ替わり続けることで、
スタジオであり続ける条件なのです。

変わらないようで、変わり続けているもの。
廻り続けることが大事。

どうやらぼくはまちがっていた


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どうやらまちがっていたようです。
ずーっと、まちがったことをしていたのです。

やっとそのまちがいに気づきました。
ある人の一言で。

今はまちがいに気づけて、なんで今まで気づかなかったんだろう、
という後悔の念にも似た気持ちと
やっと正しい道に進める、というどことなく晴れ晴れした気持ちが
入り混じっています。

まちがっていたことは仕方ないのです。
今からが大切なのです。

まちがいに気づいたある一言とは、
「ウプトゥルティヒのときの手はもっと後ろ、
足先より前に腕を出さないで!」
という先生からの指摘です。

つまり、アーサナを間違えて覚えていたということですw
(たいしたことないじゃんと思わないでください?)

結構自分の中では衝撃で、こんだけ練習してきてたのに、
まちがってやってきたのかぁ!という感じです。
なんでもっと早く言ってくれなかったなんだよー!先生!
毎週見てたよね?見てたんだよね?
むしろ今まで僕のアーサナを見てくれていなかったってこと?、
とも思いたくなりますけど、
仕方ない、これより遅くならなくてよかったと思うようにします。

違いでいうとこんな感じ。

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わかりづらいですねーw

正しい方が下のイラストなのですが、
下のほうが頭があまり前に傾かないために、脚を持ち上げるのに力が必要になります。
その分あまり脚が上がらないということ。

ウプトゥルティヒ、なかなかいいアーサナだと再認識。

久しぶりの練習


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ひっさしぶりにアシュタンガの練習しました。
旅行の準備と片付けとかで、
ほぼ2週間ぶりくらいでしたね。

意外とこういうときのほうが、無理なくアーサナが取れるのが不思議。
いろいろな力みが取れたからかもしれません。

ただしジャンプスルーとジャンプバックは途中からほぼできず。。

これから頑張ります!

セピックのクロコダイルマンを求める旅 ーパプアニューギニアを旅してー

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戻ってきました、パプアニューギニア

ついこの間まで原始の生活を営んでいた世界と
資源産出に高騰する現代世界。この相反するものが交互に立ち現れる国、それがパプアニューギニアPNG)でした。

それはまさに陰と陽、光と闇、あるいは
文明と「未開」、こうした二軸で置き換えられるのかもしれません。

お互いに混じり合った「混沌」とした状態ではなく、それはときに時代をタイムスリップしたかのように
全く別の側面を僕に提示してくれたようです。

今回僕が旅したのはPNGの中でも特に濃厚にその始原の姿を留めるというセピック地方。

ここはPNGを流れる大河、セピック川周辺を指す地方。
ボートでしかたどり着けないがゆえ、今もなお特有の色を残すのでしょう。

昔ながらの高床式の質素な家屋に住まうその民は、
電気もなく、水道もなく慎ましい生活を送っていました。
川で魚を取り、時には彼らの力の象徴でもあるクロコダイルを取りながら。

セピックの男は真の「男」になるため、イニシエーションとしてスキンカッティング、つまり皮膚にナイフをいれる儀式を行います。
治癒する際、クロコダイルの鱗のように皮膚が盛り上がり彼らの背中は本当にクロコダイルのように光り輝きます。

それと同時に、イニシエーションの際ハウスタンバランという精霊が住まう家に男たちは集まり、
集落におけるしきたりや振る舞いを身につけます。

つまり精神と身体、自己と社会などあらゆる面での内と外の変化を経験することで、セピックの男となるのです。

クロコダイル、精霊そしてセピック川とともに暮らす彼らの営みが今もなお、そこにはありました。

旅に出る前、ドキドキする

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今月は全然ブログが更新できてないのです。
これは怠惰です!それ以外の何者でもありません!
と白状したいところですが、
一つだけ言い訳したいわけであります。

それは、この夏、一世一代の旅に出るからです。

地球最後のフロンティアとも呼ばれるこの国は、
何せ「地球の歩き方」も出版されてないくらいで、
それゆえ本当に、「どう歩いていいかわからない」状態なのです(笑)。
情報がなさすぎる。。

「未開の地」に行くことが夢だったのですが、
未開の地に対する情報もまた「未開」。
本当に情報がないのです。

というわけでバタバタしております。

ちなみにパプアニューギニアには極楽鳥がいるらしいので、
一緒に極楽鳥のポーズをとってきたいです!

(写真はスリランカ